【大塚育インタビュー】“lucky”を分かち合う——心のなかに緑を持つ生き方

「物事は捉え方次第。ガス欠しても、ガス欠しないよう周りに教えられるからラッキー。」

——石川県珠洲市生まれ、富山育ちのシンガーソングライター大塚育。約7年間の2人組ユニットでの活動を経て、アーティストのギターサポートやテレビCMなどの広告音楽での演奏、2025年2月にはソロとして初となる『美談』をリリースするなど、活動の幅を広げている。

5年間の東京での生活から富山に戻り、心の中に育つ「緑」を静かに味わいながら生きるようになった今。彼の語る“lucky”は、偶然や運ではなく、誰かの痛みを理解できた瞬間。寄り添えた瞬間。自分の弱さすら共有できたときに、そっと生まれるものだ。

幼い頃に見た緑。都会で感じた息苦しさ。心が静かに再生していく過程。そして、「心の中に緑を持つ」という生き方。

その視点は、忙しい毎日を生きる私たちにひとつの問いを投げかける。「ラッキーとは、静かに心のなかに育まれるものなのかもしれない。」

2025年12月7日開催のイベント「oto camp 7th -lucky-」出演を控える、大塚育との対談。

OTO Campアンケート記事はこちら:“lucky”──心のなかに宿る小さな奇跡。OTO Camp出演者・出店者たちが語る日常の中の幸せ

緑とともに育つ。原風景に眠る感性

——珠洲生まれ、富山育ちと伺いました。今は富山にお住まいとのことですが、子どもの頃はどんな環境で育ったのでしょうか

大塚育:幼稚園から小1までは、千葉県の幕張に住んでいました。町と自然が融合しているような環境だったのかなと思います。原風景に畑や緑が多くて、でもビル群もあって。とにかく木に登ったし、女の子と人形遊びとかするのも好きでしたね。

実は、2ヶ月前までは東京にいまして。大学1年生の頃にユニットを形成して、大学卒業のタイミングで音楽をするために上京しました。ただ、何を思ったか僕は保育士になってしまって。

——音楽活動しながら保育士をやっている方には、まだお会いしたことがないですね。音楽を始めたのは、どんなきっかけがありましたか?

大塚育:特撮が大好きなんですが、4、5歳の時に仮面ライダーとか戦隊ヒーローの替え歌で曲を作ってたんですよ。歌詞も書いて歌ってっていうのを、兄にめちゃめちゃ褒められたり、親バカだなあとも思うんですが、母親もベタ褒めしてくれたりしたのもあって、歌うことがすごく好きでした。

小学校に入ってからは、吹奏楽部に入ってドラムを叩いたり、ウィーン少年合唱団の前座にも出てたような本格的なジュニアコーラスに入ったり、いろんな音楽に触れていましたね。小5から、父が大学時代から持っていたクラシックギターを見つけて、遊びで触るようになりました。

——大学は、保育や福祉に関わる分野に?

大塚育:小学校、保育、幼稚園、社会福祉士が取れるところでした。

「福祉の原点」みたいな体験ですごく印象に残ってるのが、幼稚園の劇の「役決め」ですね。

大体みんな主人公みたいなのを選びがちだし、僕も当然になりたかったんですよ。「サルカニ合戦」的な物語だったんですが、「牛のフンの役」は誰もやりたがらず。

「それ」になりかけてる子がいてすごく悲しい顔をしていたんです。その子を見て苦しくなってしまって、代わりにやったんです。

その、変わったことをしてもおもしろいし、人のためにもなる、「牛のフンを選んでよかったな」みたいな成功体験の記憶が、こびりついている気がします。

——その後千葉から富山に引っ越されて、なにか自分自身の変化はありましたか。

大塚育:幼稚園の頃から、ぶっちゃけすごく目立ちたがりでした。でも、やんちゃな子ばかりでいろいろ言われたりやられたりして抑制されちゃって、(幕張の)小学校に入ってからはいじめられていたんですよね。保健室に通ったり、自分自身を押しつぶしたりしていた記憶があります。

富山に行ってから僕が入った小学校は、子どもの主体性を育てる研究授業を大事にする学校でそれが功を奏したのか、自己表現とか表出をするようになったのかなと思います。

時間割が、1~5時間目くらいまで米作りだったりして、勉強はあまりできなくなったんですけどね(笑)

——自分に合った場所に行き着くことができたのかもしれないですね。その学校にしかないようなクラスがあるのでしょうか

大塚育:特別なクラスはないのですが、毎朝必ず40分ぐらい「くらしのたしかめ¹」(暮らしの確かめ)っていう授業みたいなものがありました。

「じゃあ、今日のくらしのたしかめで話したい人!」って手を挙げて、誰かが「昨日こんなことがありました。」「昨日友達と鉄棒してたら、転んでケガしちゃった。」みたいなことを言うんです。その話について感じたことや関連することを、「私も話したい」っていう人がマインドマップみたいに自由に発言していく感じ。

それが6年間あって、自分の思っていることや意見を伝える楽しさを感じていったと思います。

灰色と孤独の世界で感じた、心の枯渇

——「田舎生まれですが、大学卒業後に上京し、モラトリアムからの急降下がより拍車を掛け『緑への枯渇』を体験しました。」とご回答いただいていました。緑が枯渇するとは、育さんにとってどういう状況でしょうか。

大塚育:上京してすぐは江東区に住んでいて、職場は中央区だったんです。毎日仕事に地下鉄に乗って行って、グレーの世界の中を突き進んで、地上に出てもビルしかないみたいなのが、すごく苦しくて。

当時コロナ禍だったんですが、僕が保育園内で初めてコロナになってしまったことがあったんです。保育園に報告して、生活記録を書かされたんですが、「赤羽でレコーディング……」とかいろいろと書いていたら、赤羽って飲み屋街でもあるので、「あいつ、赤羽で飲み歩いてたんじゃない?」ってデマが広がり、ほぼ村八分状態でした。

社会人としての責任を事務室で詰められたりと、今思えば正しいなと思う反面、保育園内の異質な空気に動悸が止まらなくなり、休憩時間に園から抜け出して、橋から飛び降りようとしたこともありました。

その時、上を見たら、すごい曇天。北陸も曇りが多いんですが、同じ曇りでもすごく苦しい雲で、富山で見ていた景色と全然違う、って頭の中と置かれている環境がバッと重なったんです。心も身体も不自由になってしまったことに気づいて、「緑の枯渇」を感じたときでした。

——「緑」が減ってしまった環境のなかで、心の安息もなくなってたかもしれない、というような。そこに気づいてから、何かご自分の行動に変化はありましたか?

大塚育:「俺、こんなにも緑、自然が好きなんだ」って、思わされたんですよね。

そんなに「自然が好きだな」、と思っているタイプではなかったんですが、富山にいた大学時代は友達と海とか山をドライブして遊んでたことをを思い出して。

それで、休日にちゃんと緑を吸い込みに行ったり、観葉植物を置いたりとか、緑を取り入れることで、だんだん心も穏やかになって行ったと思います。

緑のたくさんある富山に帰ろう、東京からいつか納得できる形で出ようっていう目標ができたりして、人生観としてもっと「緑」を目指すようになっていきました。

——2ヶ月前に東京から富山に戻ってからの生活は、いかがですか?

大塚育:朝仕事に行くとき、山の方に向かっていくんですが、山の表情が毎日変わるんですよね。

2ヶ月前まで音楽や配信など忙しく家の中に詰め込まれながらの仕事をやっていたんですが、誰が見てもわかるぐらい、結構精神的にまいっていたと思います。

でも今は、動悸がするとか、感情のコントロールの難しさを感じるとかも一切なくなりました。毎朝すごくすっきりして、ゆとりのある生活をしながら、山を眺めることがこんなにも“治療”になるんだって。

心の中の緑の広がりを味わう。「成長」だけじゃない喜びに目を向けて

——「縦軸ではなく横軸の深みを味わうこと。」の「縦軸」「横軸」という表現をこれまで使ったことがないのですが、どのような意味なのでしょうか

大塚育:僕の中では縦軸で生きることは「上昇志向」や、資本主義的な意味での「成長」だと思っています。横軸は、何気ない日常の中で生まれる温かさを感じながら生きる、「スローライフ」な感じ。

——時間、空間の観点で横軸、縦軸を捉えることが多かったです。人間を見てきたから持っている視点なのかなと感じました。

「この年齢だと、これができている必要がある」のような「発達段階」という考え方があるんですが、「重症心身障害児」を特集する本や文献でも「縦軸」の概念が使われることがあります。

2歳の子だったら、いやいや期とかを迎えたり、トイレトレーニングをしたり、言葉を使い始めたりする年齢ですが、発達が遅れてしまってたり、寝たきりだったりする子は、そこまでいけないんですよね。

例えば、実年齢が中学生だけど精神的には2歳の子が「トイレを上手にすることができた」みたいな日々の小さなことも大事にする――「1歩1歩、味わい深く楽しもう」っていうことを、その本から読み取りました。そこから、横軸って素晴らしいというか、大切なことだと思うようになりました。

——これまでの東京での音楽活動や保育士の経験を経て改めて、育さんが音楽を通して伝えたいのは、どんなことでしょうか?

大塚育: 特に特別な思想はないですし、何かを伝えたいっていうよりは、自分にしか書けない、自分の出来事の曲を作りたいとは思っています。

ただ、基本的に「あたたかい世界」を大切にしています。人の痛みを知ったりとか、人を傷つけてしまったりとか、そういう自分の失敗談から新しい視点が生まれていくことってあるじゃないですか。

僕の曲は内省的な暗い曲が多いんですが、それが地続きで「あたたかい世界」に繋がっていくのかなと思います。

——「心の安息、温かさの象徴。それらを体現したくて音楽を作っている」。緑を「表現」ではなく、「体現」したい。ここにはどんな思いが込められてるか教えてください。

大塚育:緑の素晴らしさについて歌うこともできるんですが、それだけが僕の表現したいことではないと思っていて。自分の成長過程を見てもらう、重ね合わせてもらうみたいな、緑を求めて突き進んでいる結果豊かな歌をたくさん生む僕を見てほしいっていう考えですね。

——「年齢を重ねていく」ことを、育さんはどのように捉えていますか。

大塚育:30歳になることの焦りは、音楽に限ったことじゃなくあるじゃないですか。でも、『美談』のなかにも出てくる「人生時計」の概念でいうと、まだ朝9時ぐらいなんですよね。だから、なんでもできると思います。

夕方=おじさんになろうと、こっから酒飲めんじゃんとか、深夜であろうと、深夜ラジオ聞けんじゃんとか、その時々の楽しみ方ができるんじゃないかと思うとワクワクします。

子育てを一通り終えて、街中で仲間たちとしっぽり酒を飲み交わしたり、ローカルコミュニティではありつつも、服屋やカレー屋などでポップアップやDJパーティを開いたりしている年上の方々を見ていると、「クリエイティブで楽しそうだな、豊かだな」と感じます。そんな姿を見ると、自分もこれからが楽しみだなと思います。

緑を分かち合う。“lucky”がうまれるとき

——今回のOTO Campのテーマは“lucky”。育さんが感じる、「ガス欠しても、ガス欠しないよう周りに教えられるからラッキー。」について、もう少し詳しく教えてください。

大塚育:自分が作っている、少し暗い内省的な曲も温かさにつながっていくような感覚と近くて、自分の失敗談を誰かに伝えることで、その人を助けることができるし、それによって自分も救われるというか。

その経験してよかったなっていう、感覚になれるのがラッキーなのかなとと思います。

——OTO Campに関わる人たちは「心に緑を飼っている人」が集まっているというのは、おもしろい表現だなと思いました。具体的にどんな状況を表していますか?

大塚育:儲けをもちろん考えるし大切だと思うのですが、何かが本当に好きでお店を出しているじゃないですか。お客さんも、趣味で何かをしていたり、自分の好きなことがあったり、落ち着いていて自分軸がある人というか、ある意味“都会的な人”があまりいない印象なんですよね。

他人と自分を比べて、「何やってるんだ、俺」みたいなことを思っていたとしても、表に出さない人が多いような気がします。俺も、「売れてやる」「目立ってやる」っていう気持ちは結構あるんですよ。でも、緑とか温かいものが好きだし。

——たしかに、それぞれSNSでの発信もめちゃくちゃ頑張っているけど、「この子、こういう動画作ってるよね」って話したり「この子、すごいね」って褒めたりするところがあるように思います。

大塚育:komoくんが声をかけることで、同じような感覚を持った人が集まってくるじゃないですか。だから、こういう温かいイベントになってるんだろうなと思います。

開催概要

イベント名:oto camp 7th -lucky-

開催日: 2025年12月7日 (日) 12:00-20:00

IG:https://www.instagram.com/otocamp_0312/

会場:さいたま桃月園キャンプ場

チケット購入:https://teket.jp/11281/55089

大塚育

Instagram

1998年10月6日石川県珠洲市生まれ、富山育ち。シンガーソングライター/アコースティックギタリスト。

TVCM等の広告映像における楽曲制作や、他アーティストの作編曲・サポート、
保育園やカフェでのコンサートなど、幅広いフィールドで活動中。

2025年2月7日、個人名義での初の楽曲
「美談」をデジタルリリース。

保育士として障害児福祉に携わってきた経験を経て、
温かい世界を作る音楽家を目指す。

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